きのか特許事務所の弁理士室伏です。このシリーズでは、「特許情報からどんなことが分かるか」をお伝えするために、特許情報を簡易的に分析して、業界の動向等をご紹介します。

前回は、ゲーム関連特許の簡易分析事例をご紹介しました。

今回は分析対象の選定にあたり、弊所が所在する和歌山っぽさを出してみました。そう、和歌山といえばニット。ニットと言えば和歌山。みなさん、当然ご存じですよね?

ということで、ニット業界の特許情報を簡易分析していきます。

1. ニット関連特許の特許分類は?

まずはニット関連(編機)の特許分類を調べます。予備検索でニット関連の以下のIPC(国際特許分類)を見つけました。これを使っていきましょう。

IPCセクション説明
D04B1繊維;紙特殊な機械を使用しない編み地またはその製品の編成のためのよこ編み工程;このような工程によって限定される編み地またはその製品
D04B9繊維;紙独立可動針を備えた円形編み機
D04B15繊維;紙よこ編み機に限定される機械の細部またはそれに付随した編成補助装置
D04B21繊維;紙特殊な機械の使用によらない編み地または編み物製品の編成のためのたて編み工程;このような工程によって限定される編み地または編み物製品
IPCの説明

2. ニット関連特許を検索してみよう!

Lensに以下の検索式を入力して、ニット関連特許を検索しました(2023/3/3検索)。

検索式 = class_ipcr.symbol:D04B1* OR class_ipcr.symbol:D04B9* OR class_ipcr.symbol:D04B15* OR class_ipcr.symbol:D04B21* OR class_ipcr.symbol:D04B27* OR class_ipcr.symbol:D04B35*

170,922 件がヒットしました(シンプルファミリーは92,450 件)!

3. 全体の出願傾向を知ろう!

まずは期間指定をせずに、全体の傾向をつかんでいきます。

(1)出願傾向(期間指定なし)

(i)全世界

青プロットが出願件数、黄プロットが登録件数です。ニットの編成技術は古くからある技術ですが、2010年頃から急速に伸びていますね。一体どういうことなのでしょうか。

国別に出願傾向を見ていきましょう。

(ii)日本

日本は2000年頃から減少傾向です。特に2017年頃から急速に落ち込んでいます。世界的に2010年頃からの伸びの原因がますます気になります。

(iii)米国

米国は…2010年頃から2017年までは増加傾向ではあります。何があったのでしょうか。しかし米国だけでは、世界的な出願増加を説明できません。

(iv)中国

やはり中国が世界的な出願増加の原因でした。その多くが実用新案(LensではLimited Patentと表示)でした。

ニット関連特許の出願国を中国に絞った場合の各ドキュメントタイプの割合

(2)出願人ランキング(期間指定なし)

どういう企業がニット関連の特許を多く出しているのでしょうか。出願人ランキングを見てみましょう。

1位は、和歌山が誇るニット機械メーカー、島精機製作所(赤枠)です。出願件数では島精機製作所が圧倒的で、ドイツの企業も多く見られます(青枠)。事業撤退や倒産があったのか、近年出願していない企業も複数ありました。

名寄せはしていないので16,17位になっていますが、米国のスポーツシューズ・アパレルメーカのNIKEの存在感も際立っています(黄枠)。実は、さきほどの米国の2010年~2017年までの出願増加は、このNIKEの出願が活発化したためでした。

4. NIKEの出願動向を見てみよう!

NIKEの出願動向を見てみましょう。

(1)出願傾向(NIKE・2010年以降)

2010年頃から2017年にかけて、出願件数が急激に増えています。そして2019年以降は出願件数が落ち込んでいます

(2)出願国(NIKE・2010年以降)

米国企業なので米国が多いことは当然予想がつきます。が…日本への出願は思ったより少ないですね。今のところNIKEのスニーカは日本でも多く見られますが、今後はどうなるかわかりませんね。

(3)どんな出願をしている?(NIKE・2010年以降)

NIKEのニット関連特許、どんな技術が多いのでしょうか。IPCランキングをとって、見てみました。

やはりシューズメーカのNIKE。2位のA43B23/02は、履物の表面に関するIPCでした。履物の表面の編み方に特徴のある出願が多いということですね。

もう少し詳しく見ていきましょう。日本出願ではありますが、履物表面×編み物関連の公報の要約をテキストマイニングで分析してみました。

共起ネットワーク(NIKEの履物の表面×編み物のJP出願の要約)

島を1つずつ見ながら、文脈を確認していくと…

  • IPCで表されるように、アッパー部分がニット要素で構成されている履物についての出願です。アッパー部分の中でもスロートからベロまでの構造に特徴があるものが多いようです。
  • 編みプロセスに特徴がある出願が多いようです。
  • ニット要素は、レンチキュラーニット構造を有し、見る角度によって色が変化する部分を含むものが多いようです。
  • ニット要素は、オーゼティック部分(応力を加えて伸長・圧縮させると、その応力に対して垂直の向きにも拡大・収縮する部分)を有し、その位置や面積に特徴があるものが多いようです。

(4)重要特許(NIKE・2010年以降)

NIKEのニット関連の重要特許を見ていきましょう。横軸に出願日、縦軸に被引用件数をとっていきます。

赤色は、権利化して、今も保有している特許。緑色は、権利化の途中または権利化後に放棄したもの。オレンジは、出願係属中です。

たとえば青で囲った2011年の特許をピックアップしましょう。

US 8839532 B2

機械翻訳した要約を掲載します。

US 8839532 B2

要約を見る限り、この発明は、履物用のニット要素内にはめ込み型ストランド(毛束)を挿入する技術に関するものです。具体的には、往復運動をするコンビネーションフィーダのアームの位置によってストランドを挿入したりしなかったりする、という編み方が記載されています。

(5)スター発明者(NIKE・2010年以降)

最後に、NIKEのニット関連特許のスター発明者を見ていきましょう。

Meir Adrian氏とPodhajny Daniel A氏が発明者として多く特許出願をされていて、スター発明者といえるでしょう。

トップの発明者の年別の件数(最先の優先日を基準)を見てみると、2019年以降は出していないようです。他社から出願していることも確認できませんでした。

Meir Adrian氏が発明者である出願の年別の件数(最先の優先日を基準)

同様に2位の発明者についても見てみると、2015年以降は出していませんでした。2015年以降は他社から出願していることが確認できましたので、おそらく転職されたのでしょう。2019年以降の出願件数の落ち込みはスター発明者2名の退職が原因なのか、気になるところです。

5. まとめ

ニット業界の特許の簡易分析を行いました。

  • 古くから日本(特に和歌山のメーカ)が存在感を出していたニット業界ですが、近年は日本の出願件数が急速に落ち込んでいることが分かりました。
  • 一方、中国の実用新案の件数が急増したため、世界的には増加傾向にあることが分かりました。
  • また米国では、NIKEが2010年頃~2019年にかけて「履き物用のニット」の開発を活発に行っていることが確認されました。2019年以降は出願件数が落ち込んでおり、スター発明者の退職と関係があるのか、気になるところです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。